皆さまいかがお過ごしでしょうか。
秋田高専のホームページにようこそ。
秋田高専の校長の高橋です。
10月から11月にかけて、秋田高専は行事が立て込んで慌ただしく過ぎました。
前回取り上げましたが、タイに設立された高専 = KOSEN-KMITLの3年生が1ヶ月間秋田高専で研修を行い、そのお礼も兼ねて私自身と国際関係を担当している西野教授で18名の学生を引率してKOSEN-KMITLを訪問してきました。
18名の学生のうち、1年生が17名です。
1年生が海外研修に積極的であることは心強いかぎりです。
高専の1年生といえば高校1年生です。
私は、彼らが秋田空港に集合して羽田空港経由でバンコクまで飛び、その後1週間にわたる研修を乗り切れるのか、内心とても心配していました。
しかし、私の心配はまったくの取り越し苦労に終わりました。
もちろん小さな失敗はあったかもしれません。西野教授からお説教をくらった学生もいたことは確かです。しかし、それは私から見ればほんの一部のことであって、全体としてみれば実に立派に秋田高専の代表として1週間の研修をやり遂げました。
1年生が立派な高専生として成長できたこと、タイに研修で渡航できたこと。このことは保護者の皆様の大きな後押しあってのことです。実際に空港に迎えに来ていただいた保護者の方もいらっしゃいました。秋田高専の校訓は、自立・挑戦・創造ですが、ご家族に応援していただけること、高専生活を前向きに捉えて後押ししていただけることが、学生の自立のために不可欠です。本当にありがとうございました。
また、参加した1年生の多くが学生寮で暮らす寮生です。学生寮での約半年間の生活が、中学校を卒業したばかりであった彼らを大いに成長させたようです。
高専の学生寮は、人間形成のための教育寮です。寮は学生の生活の場としての自主的な運営を前提としつつも、教育の場として必要に応じて教員が生活面を含めて指導していきます。
考えてみてください。中学卒業とともに親元を離れて学生寮で共同生活を送るのです。これは寮生にとっては大きな試練です。
もちろん、さまざまな理由で寮生活を送ることが困難な学生も出てきます。それはしかたのないことですし、恥ずかしいことではありません。学生寮での生活に困難があることから、あえてアパートでの生活を選択して立派に学生生活を送っている学生もいます。学生寮では、寮生の健康を含めてすべての面倒を見ることはできません。学生寮は教育寮として、あくまでも学生が自主的に人間形成に務める場なのです。
KOSEN-KMITLを訪問して、タイの学生と気持ちよく交流して立派に帰国した学生たち。中には、2年生になったら英語を勉強するためにシンガポールの語学研修にも参加してみようと考えている学生もいました。今後ますます自立して、自ら学ぶ挑戦に立ち向かっていってほしいと思います。
さて、タイ高専は卒業生を送り出す中で、学生の進路指導をどのように充実させていくべきか、壁にぶつかっているようです。
日本の高専では、4年生の担任教員のところに企業からの説明が入り、担任が学生に企業を紹介して企業訪問等につなげていきます。企業の希望する学生のタイプをわかったうえで、クラスの担任として学生の志望や個性を把握している担任教員が交通整理をしていく形です。
タイでは、伝統的に進路選択は学生の責任とし、教員が関与する場合も学生の相談を受ける程度となっているようです。
そもそも在学中に企業と教員が接触して求人と学生の希望を調整し、在学中に企業から就職内定をもらうシステムは日本独自のもののようです。在学中に就職活動をするにしても教員は特に関与しなかったり、卒業してから就職活動をしたり、というのが世界的には普通のようです。
タイ高専は、タイの産業社会に優秀な技術者を送り出すことを目的に設立された学校です。ですから、是非日本の高専がやっているような就職指導の方法を取り入れてほしいと思いました。KOSEN-KMITLを訪問した際には、日本の高専の強みであり、産業界とのつながりの大元になっている高専の就職指導について、また、それを支えている産業界の支援組織 = 本校の場合は「グローカル人材育成会」が果たしている役割の大きさについて特に強調して説明しました。
もちろんKOSEN-KMITLでもわかっている人はわかっています。KOSEN-KMITL設立の中心人物であるコソン先生。彼はKOSEN-KMITLの母体であるKMITL = キングモンクット工科大学ラカバン校の幹部を歴任された大ベテランなのですが、いかにしてKOSEN-KMITLから産業界に優秀な学生を送り出すか、高専から産業界に優秀な学生を送り出す人材育成のシステムをタイ政府にどうやって説明していくか、考えをめぐらせてらっしゃいました。そのための取材の一環として、自ら5年生の学生を面接して話をきかれていました。
コソン先生はKOSEN-KMITLの生みの親です。私は、タイ高専設立プロジェクトに関わる中で、何度もコソン先生にご指導をいただき助けていただき、コソン先生は先生の人脈をフルに使ってタイ政府に対して働きかけてくれました。例えば、高専機構の谷口理事長がタイの国会の文教委員会で高専制度の説明をするセッションを設けてくれたこともありました。タイ政府内での調整が進まないと見れば、調整は後回しにしてまず大臣が出席するイベントを先にセットしてしまって大臣を引っ張り出し、局面を打開してくれました。
コソン先生の経験と分厚い人脈、柔軟な取り進めがなければ、とてもタイ高専が日の目を見ることはなかったでしょう。
コソン先生はご高齢なので、今回お会いすることは難しいのではないかと思っていたのですが、ちょうど先生が学生との面談のためにKOSEN-KMITLを訪ねていらしたのでお会いすることができました。
コソン先生は言います。「タイの高等教育機関は、政府の役人を養成するために設立されたチュラロンコン大学がスタートになっていて、タイ政府にとっては高専のような産業界に優秀な技術者を送り出す高等教育機関というアイデアも経験もない。だからKOSEN-KMITLの経験を自分がよく咀嚼してタイ政府の関係者に説明し、理解を得なければいけないのだ。これは私の信念だ。」
タイ高専プロジェクトはJICAによる円借款のプロジェクトです。借款を受けるのはタイ政府ですから、タイに高専を設立し運営する責任はタイ政府にあります。国立高専はタイ高専の運営をサポートする立場です。
これは、タイに高専が根づき成長していけるかはタイの関係者の考え方や努力にかかっているということの、行政的な当たり前の説明です。これに対して、コソン先生がおっしゃり自ら実行しているのは生のリアルな現実であり、そこにタイ高専プロジェクトの挑戦の意味があります。タイ高専はタイの人たちのものにならなければいけないし、タイの社会に受け入れられ、タイの産業界から真に歓迎され、タイ政府が自信をもって推し進めていけるものにならなければならない。
コソン先生は今もタイ高専プロジェクトの先頭に立っています。ありがとうコソン先生。これからもいつまでもお元気で。
今回のタイへの研修旅行は、我が校の元気な1年生の奮闘を実際に見ることができ、その上お元気な様子のコソン先生にお目にかかることができて、私にとっては実に楽しい1週間となりました。
本校のホームページを御覧の皆様はお気づきと思いますが、この時期はKOSEN-KMITLへの研修旅行以外にもたくさんの行事がありました。秋田高専はどの行事に際しても、あくまでも学生が中心であるという考え方に基づき、学生の自立を促し学生の挑戦を後押しするために工夫して進めてきました。学生たちもそれに答えて大いに活躍してくれました。
これから冬に向かう秋田ですが、年末から年明けにかけてもいろいろな企画が待っています。教員も、秋田高専の組織を見直し教育を改善していくためのタスクフォースを作って検討をはじめました。
どうかこれからも秋田高専をよろしくお願いします。

